「何もない自分と何も持ってない現実」改めて悟った【存在価値】

「私って何も持ってない」
お金もない、家族もいない、友達もいない、仕事もない、スキルもない。

食後の片付けをしていたら、ふと湧き出た「自分の存在価値」どうなるのかな私。いまさらかよーって、もう一人の自分が呆れてる。

私みたいに「何もない人」て、いますか?

目次

何も持ってない自分

20代30代で考える人生のテーマを、アラフィフの私がいま感じている。呆れるでしょ失笑でしょ。今までも考えたことはあるよ。だけど、昨晩つくづく感じてしまった。

過去の通帳見るとまあまあ貯まってた。この頃のゆとりを通帳が証明してた。「お金のゆとりは心のゆとり」詐欺師女が私に言った言葉。これは核心だと思う。

お金のゆとりは、心のゆとり

過去と現在

9歳下の夫と結婚し、大好きなハワイにはビジネスクラスで年に3回行っていた。

元々、友達は多くない。数人いた友達にもそれぞれに人生があり疎遠になり、いま1人しかいない。この友達と会うのは年1、2回。友達が減ったらLINEも鳴らなくなった。

仕事は先月無職になった。資格やスキルなんて役に立たないモノばかり。

いまの私はこれ。

  • お金もない
  • 家族もいない
  • 友達もいない
  • 仕事もない
  • スキルもない

何も持ってない。

人生の折り返しをとっくに過ぎているのに、何も残せてない。私の人生って無価値かも。存在価値や存在意義をまったく感じない。

悲しい。。。と、いうより惨め。

孤独と負けを感じた光景

大きな一戸建てを見た。広い庭と綺麗な花が咲いていた。そこに、族という同士が暮らし、強い絆と法で守られた、境界線と安全な囲いがあるのが見えた。

自分と変わらない年の人達が積み上げた結果「家」という形の財産が存在している。マンションや高層ビルに囲まれて過ごして来た私には、始めて「孤独と負け」という感情が沸き、気分が沈んだ。

「若い頃はいいのよ、年取ったら惨めよ!」母親の言葉がいま強くわかる。

世の中は表裏一体で出来ている

孤独と自由は表裏一体。結婚生活にあった煩わしさから離婚して解放され、離婚して感じた誰かと寄り添いながら生活出来る温かさ。

3.11の際に感じた平凡に生きられる幸せ。病気になって気付く健康のありがたさ。なのに、のど元過ぎると「アレがないコレがない」って、ないものばかりを嘆いてしまう。

世の中すべてのモノは表裏一体で出来ている。必ず表と裏があり、どちらも幸不幸が存在する。ただ人間は「あるモノより、ないモノ」に意識が向いてしまいがち。

暇からの贈り物

20代30代とは違う時間軸を生きている。人生折り返しを過ぎ、何もない自分を改めて悟った。これは、考える時間が多くあるからだとわかっている。違う言葉で「暇」だからです。

わかりやすいのは職場。忙しいと他人の行動を気にしていられないけど、暇になると他人の粗が目に付く。忙しい職場にはいざこざはなかった。時間にゆとりのある職場では「あの人は電話取らない」「あの人いつもタバコ吸ってる」と常にあった。

1年間リモートワークで誰とも会わず、無職になり暇な時間が増えたから沸いた感情と気付き。多忙の反対の暇。表と裏がここにもある。

コントラストに込めたもの

5年後10年後に同じことで落ち込まないために私なりに走ってみる。

このブログタイトル「コントラスト」には「対比」という意味がある。現実と願望の差。現実と欲望と差。それぞれのギャップを込めたい。

私の好きな言葉たち

  • セレンディピティ
  • 大どんでん返し
  • 棚からぼた餅

    はい、他力です。
    でも、きっかけはすべて自分が握ってる!頑張れ私!