【執着を手放し断捨離する】執着があるから苦しいことに気付く

ゆずれない条件や強い拘りのせいで苦しい。自分で自分を苦しめてる原因は執着。執着があるから頑張れることもあるけど、執着のせいでチャンスや運を逃したりもしてる。

例えば、婚活相手を探すとき。

年収1000万以上じゃない嫌。身長180センチないと好きになれない。長男は嫌。車持ってないと嫌。大卒じゃないと嫌。

これ、すべて執着だよね。執着がなければハードルは下がり出会いや結婚にも断然近付く。

それなのに、どーしても拘ってしまう。

 

着を手放せたら、心から断捨離できたら、どれだけ楽だろうって思ったりしません?

執着があるから苦しいのに、でも、この執着は夢や希望やモチベーションでもある。

あー厄介。この厄介な「執着」について最近よく考えるようになった。

記事の内容

  • 執着があるから努力できる
  • 執着があるから苦しい
  • 執着を手放すとき
  • 手放すことは諦めなのか勇気なのか
  • 手放すとどうなるのか

執着があるから努力できる

執着ってゆずれない条件や強い拘りのことですが、別の意味では夢や目標でもある。

○○に絶対なる!○○に絶対住みたい!あーなりたい、こーなりたいって、すべて願望であり目標でしょ。

執着はモチベーションにもなるし、パワーの源なんですよね。

「1ヶ月で5キロ痩せる」という目標。これに向かってモチベーションを上げ、痩せた自分をイメージして努力する。辛いことばかりじゃなくて想像するとワクワクする。

執着があるから苦しい

執着は願望や夢へのパワーの源だけど、逆に執着があるから苦しいって感じることがある。

どーしても○○でいたい、必ず○○したい、という思いが強いと、その為に何かを犠牲にしたり負の状況がのし掛かったりする。

  • どーしても○○でいたい→ そのために××が辛くなる。
  • 必ず○○したい→ その代わり××を我慢しないとだいけない。

執着が自分を苦しめている。あ~厄介だわ。

執着を手放すとき

「何でもいい」「気にしない」「拘らない」って思えたら、どんなに楽だろうって思うことないですか。

最近、私もがいてます。手放せたら楽なのに手放せなくって苦しい。

執着を手放すってどうゆうことを指すのか。「執着を手放すと楽だよ!」と聞いたことがある。これは目標や夢を持たない方が楽だよっていうこと?

いや違うよね「○○が理想だけど、○○以外でもいい」って、柔軟に受け入れることなのかな?

確かにこんな風に思えたら楽。こう思えたら、それが出来たら・・・ね。

 

冒頭の理想の結婚相手への条件が、出会いを狭めハードルを上げている。この条件やハードルを下げたら確実に出会いが増えることはわかってる(バツ1な私は求める条件は違う)

ただ、希望通りの好条件で”結婚”が出来たとしても、”結婚生活”が続くかは別です。

 

執着を楽に手放せたらいいけど、やはりそれには考え方や思想が変わる必要がある。少しずつ受け入れ変化させるしかない気がする。

ただ、人生には時々こんなことが起きる。

「人生観を変える出来事」こんな経験や出来事に遭遇すると、人生観がガラッと変わり執着が消えちゃうかもね。

手放すことは諦めなのか勇気なのか

”執着を手放す” って目標や夢を諦めること?それとも、柔軟に考え変化を受け入れること。

ある意味では成長や勇気かもしれないけど、根本には諦めがある。

○○は無理そう、だから××でもしょうがないって、諦めることが手放すってことなのかもね。

手放すとどうなるのか

人間は慣れる生き物っていいますよね。執着って環境や年齢でも変化する。ゆっくり無理なく思考が変化すれば苦しくはないけど、無理して手放さないといけない状況だと凄く辛い。

例えば、好きな仕事だからこのまま東京で働き続けたかったけど、実家に帰省することになった場合。しばらくの間は辛いね。でも時間は掛かってもいつしか慣れて受け入れる境地に変化していくんだろうね。

 

ゆっくり無理なく気持ちが変化するならいい。無理しても手放さないといけない状況だと辛い。そして諦められないという執着がまた生れたら・・・

執着への考え方は難しい。私の抱えている執着を手放せる心境になるにはもう暫く掛かりそう。